今日は気が付いたら朝だった

姫路市あるいは播磨地方の終戦直後の労働運動がどんな具合だったかっていうのがやっと一応終わった。

姫路って片田舎だって思ってたけれど結構動きは派手だったのかもね。

GHQがやってきて収監中の犯罪者や共産主義者の釈放を矢継ぎ早に断行。当初のGHQ内部の勢力は『ニューディラー』とか呼ばれるそっち系の人達の方が優勢だったからね、言わば仲間を開放したわけだ。

中国の延安からは、戦争時の中国での日本人捕虜に対する洗脳工作責任者?だった野坂参三って人も復員(この場合もそう呼ぶのかな?)し、いよいよ日本解体への狼煙が上がる。

国境を越えた組織だからね、まあ言わば寄ってたかって日本を我が手に!ってところなんだろうね。

彼らは賢いよ。大きな組織を作ろうとしたわけじゃなく一般受けする組織に入り込み、最終的にはそこの支配権を取ってしまって反対勢力を排除する。そして運動を思う方向に突き動かす。それがこの時は労働組合だったわけだ。

組合員一人ひとりは別に日本解体を目論んでいる訳じゃないからね。でも団体で行動する時には人数の多さが力の強さになる。その駒の役目としては大きな意味を持つ。そういう意味では戦後直ぐ全国的に色んな労働組合が出来たことは彼らにとっては絶好のチャンスだったんじゃないの。最も彼等とは関係のない団体もあったわけで、労働組合が全てダメって訳じゃない。

GHQも当初日本を民主化するには必要だっていうんで組合づくりを推奨してたからね、すんごい勢いで増えたみたいだわ。

その頃の日本中は多くの都市が瓦礫の山になってるし、食糧危機なのに食料の輸入は満足にしてくれない、原材料の輸入も制限されてる。飢餓と経済不況の下に復員兵・帰国者が殺到してる訳で、どうやったら食べて行けるのって状況。

そりゃ「米よこせ!」って思うわな。仕事よこせ、仕事させろ(ここ日本人だな)、賃金倍増なんても。とどのつまりは『内閣打倒』

これ等の動きはGHQ(ニューディラー)とそっち系の人達の連携が非常によくうまくいったって事なんだろうね。

コミンテルンさんは凄い。自分達が直接戦うんじゃなくて矢面には自分達以外の人を立たせる。多くの人達はその仕組みを知ることは無いのでそのうま味は一部に集約されるって計算か!陰謀・謀略を尽くす中国の歴史を見るような。はぁぁぁっ!

いよいよ動きは上げ潮に乗って本流の流れが出来上がるところまで達していた。1947年2月1日、ゼネスト突入、政情は混乱をきたし内閣退陣、国会機能停止、日本解体への道に乗ろうとした前日に、マッカーサー元帥はゼネストの中止を勧告する!!

しかしここですんなり終わる訳もなく労働組合は『生産管理闘争』とかってのを展開していく。経営者の中には材料をそのまま売って利ザヤを稼ごうとする者もいたそうな。そりゃ仕事が出来なきゃ労働者はお給金がもらえんわけで、怒るわな。それで労働組合側で仕入れも生産も取り仕切って増産するとか、そこまで行かなくても経営に参加させろとか。何かね、経営者側と労働者側両方の経営参加を実現したのは姫路の会社が全国初らしい。

基!!
ゼネスト中止辺りからGHQの方針が変わっていくんですね、やっと。レッド・パージが始まるんです。

同じような動きが実は半島にもあったようで、半島の場合は北朝鮮が突如として攻めてきました。あれよあれよという間に一部を残して北朝鮮軍に占領されましてあわや日本もターゲット?

連合国ってソ連も中国も入っていませんでしたっけ?北朝鮮ってソ連のこがいですよね。おおぉぉぉいそれ有かい?米国さん大慌て。この朝鮮戦争に日本人は兵站だけじゃなく結構関わってたりするようです。そりゃ存立機器事態です。心ある方々は見抜いてました。昔から半島は鬼門だ。

一応連合国軍となってるみたいですけど反撃します。鴨緑江にまで押し返すんですけど敵側はつぎつぎ新たな援軍を送り込んで来るんですね。うん、後ろにソ連と中国がむにょむにょしてます。指揮をとっていたマッカーサー元帥は「これじゃきりがないやろ、原爆を使わしてくれっ!」って政府に要望します。トルーマンはマッカーサーを罷免します。

ここで初めてマッカーサーは日本が何と戦っていたのかを身をもって知る事となったのです。彼は呟きます、「日本は自衛の為だった。」と。

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